ジブリが好きだけど、ジブリブログは始められない(でも始める)

ジブリ

ジブリが好き。

ライターをやっていたし、今はブログも頑張ってるからジブリ関連の情報を出したい。

でも書こうと思って本を漁っていると、結局、ジブリの歴代プロデューサーを務める鈴木敏夫さんの話を読んだら充分だから、やる必要ないなと思ってやめてしまう。

ジブリが好きというと、なんで「ああ、ジブリ」って言われるの?

100人並みだし、サブカル系には「くすり」と笑われることが多いが、ジブリが本当に好き。

人生に大切なのは物語と信念だと思ってるけど、その両方が込められている映画、アニメ、小説、ドラマはたくさんあると思うけど、トップクラスに位置するのがジブリだと思う。

よくない? ジブリ好きでも。ああ、ジブリっていうのは何か? 「日本人なら全員ジブリ好き」って思っての返事ならわかるよ。でも、面白くない? 超面白くない?

 

ディズニーも好きだけど、宮崎駿監督、高畑勲監督が文字通り人生を賭けて描いた作品は、組織で物語に立ち向かうディズニーにはない魅力があると思う。(カメラを止めるなを絶賛してたやつに「ああジブリね」とか言われなくないし、別によくない?)

高畑勲監督の迫力

というものの、ジブリを本格的に好きになったのは2018年から。高畑勲監督の訃報があったけど、その当時はあまりなんとも思ってなかった。知らないし。火垂るの墓は小学校のときに見たことがあったけど、戦争嫌いだからあの作品のえぐみに耐えられなくて、他の作品にもとくに興味を持っていなかった。

でも、調べて見ると超すごい人だった。簡単に書くとこういう感じ。

・宮崎駿監督、アニメ界に影響

・アニメ作品を使って人類学者、歴史学者的な試みをしている

・柳川割堀で見せたノンフィクション、ルポ的作品への造形

・作品を面白く、エンタメ性を成立させた上で挑戦する時代柄の表現と超越した演出

ジブリといえば宮崎駿監督という認識がつきすぎているように感じるけど、鈴木敏夫さんの著書には必ず高畑勲監督が出てくる。そして必ず語られるのは宮崎駿監督にアニメの演出を教えたのは高畑勲監督であり、鈴木敏夫さんに映画プロデュースの方法を教えたのも高畑勲監督ということ。

ジブリの基礎はもちろん、アニメ界に演出の基礎を作り上げたのは同監督と言わんばかりの話が大量に出てくる。そんなにすごい人なのか? と思い、様々な著書を読んで映画を見ると、たしかにすごい。

アニメ表現や演出への異常な緻密さ。それゆえ生まれた犠牲、そして圧倒的な表現。火垂るの墓や平成たぬきぽんぽこが有名だと思うが、個人的に圧倒的なのはホーホケキョ となりの山田くんだ。物語のトーンはだらだらしていて、好みじゃない人は多いかもしれない。だけど、その作品の中身に加えて、原作の4コマを表現するストーリーと、アニメ的な演出を鑑みると、あれはもはや伝説のレベルなんじゃないかと思う。

今でも月に数回はツタヤにいって見ているくらいだ。

鈴木敏夫プロデューサーの存在と仕事術

高畑勲監督が宮崎駿監督のアニメ演出の師匠なら、宮崎駿監督が描くものを心血注いで支えたのが鈴木敏夫さん。

ジブリについて調べてはじめてから、しばらくこの鈴木敏夫さんへの評価が個人の中で定まらなかった。(偉そう評価したいわけではないが、鈴木敏夫さんの役割とか、功績というのがいまいち掴めなかった)

というのも一つは圧倒的な成果を残しているプロデューサーとしての鈴木敏夫さんの仕事だ。予算を管理し、スケジュールを管理するという仕事に加えて、宣伝を戦略的に実施してジブリ作品を大ヒットさせる。そして得た収益は次の作品にフルで活用して、宮崎駿監督、高畑勲監督の映画作品を作ることに専念する。

文字通り鈴木敏夫さんがいなくてはジブリ作品は生まれなかったものが多いだろう。また、いなかったとしたらジブリ作品の中身や物語も違ったものになっていたに違いない。

それは、アニメ監督としての鈴木敏夫さんという役割。実際にはプロデューサーは監督ではないし、当人が監督した作品はない。しかし、宮崎駿監督や高畑勲監督との距離がとても近い同氏は、映画作品の中身に口を出すことも多かったという。

また、元敏腕編集者であった同氏は、ヒットを生み出すための演出にも長けていた上に、ヒットさせるための消費者の心を掴むのもとても上手。両監督の作品において消費者に理解されにくそうなものや、ヒットすることを阻む要素を、作品性に影響を与えない範囲で排除することもしていたようだ。

この2つめの役割が個人的に評価ができない要因だったのだ。

宮崎駿監督、高畑勲監督の両監督の作品はヒット路線で作られたものが多いが、二人の考え方や作品に対する思いを著書やインタビューなどで見ていると、芸術的な感覚や、消費者の心に理解されなくてもいいという感覚、ヒットさせる・売ることよりも他の価値を重視したいと考えている瞬間が見えてくる。

必ずしもヒットさせることが成果ではなく、史実を表現することや、アニメ表現を追求することが目的の一つになっていた高畑勲監督や、自分の描く世界を広げたい、届けたいと考える宮崎駿監督の思いを、今世の中に出ている作品群は100%表現できているとは思えないのだ。

だけど、やはり鈴木敏夫さんがいたからこそ数々の名作は生まれたし、両監督は多くの予算を使って映画を製作することができている。

そのバランスが「たられば」だらけでどうも評価できないのだ。

鈴木敏夫さんがいたからジブリはここまできた。しかし、鈴木敏夫さんがいたから描けなかった、見れなかった作品がある。と思うのだ。

敏腕すぎる鈴木敏夫さん監修のジブリアーカイブ

また、この鈴木敏夫さんが敏腕すぎるから、ジブリブログは必要がないと考えてしまう。

というのも、例えばブログやニュースサイトでジブリの記事を書きたいと思ったとしよう。するとだいたい鈴木敏夫さんが宣伝の一環でそれらの情報を世の中に出している。

ネットを検索して、書籍を見ていると知りたいとおもった情報はすでに世の中にある。

あるいは、知りたいけど公開前の情報は、鈴木さんが意図的に制限をしていることが多い。

ブログや記事を書くには、情報が世の中に少ないこと、整理されてないこと、品質が低いことなど、情報にまつわる課題がないといけない。

鈴木さんは宮崎駿監督、高畑勲監督とタッグを組んでるから情報密度も高い。世の中にあるジブリ情報はほぼ鈴木敏夫さんから生まれてるのでは? というほど。

文春と組んで出しているアーカイブ(文春ジブリ文庫)も半端ない。超腕のいいライターと組まれてこんな情報量で文庫つくってたら、もう情報を出す必要を感じない。

だけど、ネットニュースを見ていて感じたのは、ジブリファンの情報も、まあまあ面白い。当事者以外の発信にも価値があるし、視点や着眼点はユニークなものになりうる。

じゃあジブリを描いてもいいのでは? 言い訳みたいだけど、書いていいなら描こうじゃない。ということで書くことにした。

この記事で何が言いたかったかというと、ジブリ好きってこと。

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サラリーマンねこです。 映画、アニメ、ジブリ、オードリー、日向坂、街、暮らしなどについて書いています。

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