クリントイーストウッド監督作品「ミリオンダラーベイビー」の感想。

映画

アマゾンプライムより)

最近就職をした。1年前のことだけど。就職してから1時間の通勤がある。電車は毎朝激混みで、本当に泣いちゃいそう。既婚男性だけど、泣いちゃいそう。

そこで、そんな状況を変えるために努力をすることにした。その一つが、映画の鑑賞。

amazonプライムビデオならコンテンツをダウンロードできるから、家でダウンロードした映画を通勤時に見ることにした。

 

あとで書こうと思うけど、「アメリカンスナイパー」という、2003年のイラク戦争を描いた作品が面白かったことで、同作の監督、クリント・イーストウッドが監督した作品「ミリオンダラー・ベイビー」を見た。なんか名作だと聞いたことがあった気がしたから。なんの映画かは知らなかった。

 

移動時に見たこともあって、見終わるのに2週間くらいかかったんだけど、内容は面白かった。アメリカンスナイパーでも思ったけど、この人は心情を描くのとても上手い。友情とか、家族愛とか、その間にあるまっすぐな愛だけではなく、少し歪んでしまう人間的な関係性、微妙な感情をリアルに描いている。

現実よりもリアルに描いているのかもしれないと思う。

ミリオンダラー・ベイビーのあらすじをamazonプライムビデオから引用する。

「グラン・トリノ」「ミスティック・リバー」のクリント・イーストウッドが監督・主演のヒューマン・ドラマ。小さなボクシング・ジムを営む老トレーナー、フランキー。ある日、31歳になる女性マギーがフランキーに弟子入りを志願するが、追い返してしまう。フランキーの親友スクラップは、諦めずジムに通うマギーの素質と根性を見抜き、目をかける。フランキーはついにトレーナーを引き受けるのだが…。(amazonプライムビデオ

主演を務めるのは監督自身。30歳をすぎた女性マギーがボクシングの名トレーナーとして名高いフランキー(監督)に弟子入りを志願し、最終的にはタイトル戦に挑戦する舞台まで到達する。

フランキーが経営するボクシングジムには、彼の親友であり、元ボクサーのスクラップが働く。ミリオンダラー・ベイビーの中ではこのフランキーを中心に、成長していくマギー、過去の怨念をぬぐい切れないフランキーとスクラップの3者の人間模様が、上手に描かれている。

フランキーは過去に何度も逸材を育成するのだが、過去にスクラップがタイトル戦に挑戦した時に失明をしてしまった過去がトラウマになり「タイトルに挑戦するときには万全すぎるほどに成長してから挑戦してほしい」と考えている。

一方でボクサーたちは早くタイトル戦に臨みたい、タイトルをとって栄光を手にしたいという思惑があるから、両者の思惑はすれ違い、成長したボクサーたちはフランキーの元を離れていってしまうのだった。

フランキー! そこでタイトル戦に挑戦させる決断をするだけで報われるのに! と思いつつも、人間ってこういうもんだよな。。とも同時に思う。

過去の失敗や、不運によって起きた事故に人間はとらわれる。同じような経験はしたくないと思い、殻を作り、成長が止まる。子供の頃の環境が理由で、何か環境を変えたいと思い将来の仕事が決まる。

人間ってそんなに幅はなくて、結局子供の頃の経験で人生が決まっていたり、大人になるまでの失敗によって人生が決まっていたりするもんだよなと、この作品を見て感じたし、電車の中では感動で泣いちゃいそうになった。

 

ザ・ハリウッド(らしい)尊厳死

という、けっこう面白いなあと思った作品ではあったんだけど、最後の結末にはやや疑問を抱いた。

見終わったあとにこの作品の違和感を拭えなかったのでググっていたら、どうやらこの作品「ザ・ハリウッド」のような作品。と言われているようだ。

正直ハリウッドらしいかどうかはしらんが、その象徴というのが最後に付け足すように「尊厳死」の問題を描いてるからだ。尊厳死というのは、植物状態になった人間の延命措置をするか、それとも治療をやめるのか(その人の人間としての尊厳を尊重して、本人の意思次第で人生を終わらせることを尊厳死という)という問題のこと。

そんな展開、それまでの筋道には必要ないというか、なんか急で違和感を感じたし、お涙頂戴目的? と思って好きじゃない。

ボクシングを通じた人間の愛と成長、個人としての葛藤、その先に尊厳死? 正直全体を通じてとても面白かったが、尊厳死の描写は本当にいらないと思った。

これがハリウッドらしい演出らしいけど、それ以前にアメリカでは尊厳死は法律でも認められているらしいし、日本とは違い議論の対象にならないらしい。なんかそれを知ってからも、現実を表現するというより、作品として感覚を揺さぶる演出をすることにエネルギーを注いでいるところが、ビッグフィクション、アメリカらしいのかなと思った。

時代柄もあるだろう。大味で、大胆で、感動的だけど、正直当時のことはしらんし、単純に事実を歪曲してまで映画を表現するのはどうかと思う。

そこで思い出すのはジブリの監督、高畑勲。徹底的な調査を通じて描くアニメーションは、作品としてんエンタメ性はもちろん、時代を表現する史料としても活かせるのだろう。

クリント・イーストウッドの作品自体は面白く見れたが、しかし監督としてのスタンス、作品の意味を加味すると、個人的には高畑勲のような監督、作品の方が好きだなあ。

赤毛のアンでも見ようっと。

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