「人類存続」(短編小説)

小説

新卒でこの会社に入社して20年。同期では唯一の研究職として配属された私は、同年代の者と群れることもなく、淡々と職務に励んできた。

しかも研究内容は入社当初に渡された1つのみ。研究室に所属する大半の者たちと同じ「人工食物」の開発であった。これは2070年頃に迎える人口過多による食物危機を見据えた我が社の一大プロジェクト。大学の学部、博士課程で同テーマを研究してきた私にとって、職として従事できるのは幸いであったし、この手で人類を救おうと意気込んできた。

最近ようやく、研究が成果を出し始めていた。人工食物の実用化技術も完成が近い。長かった…想像を絶する苦労、そして挑戦の毎日だった。これが仕事の辛さであり、やりがいというものか。半世紀生きてきて、初めて知った快感であった。

干渉に浸って手が止まっていたのだが、そのとき会議から戻ってきた部長が皆に声をかけるのが聞こえてきた。

「皆、研究の成果を社長に報告してきた。その内容について共有したいから、会議室に集まってくれるか」

我々は人工食物(色、形、匂い、味全てが無機質としか言いようのないものだ)や実験に使う材料が揃う研究室を出て、白衣やマスクを取り外し、外に出る。

真っ白の部屋に、円卓が置いてあるだけの会議室には同じ研究室で働くチームの十数名が顔を揃えていた。私も腰を下ろすと、まもなく部長が口を開いた。20年もかかったんだ。悪い反応のはずがないと信じたいが…体に汗がにじむ。同僚らも表情が硬い。

「結論から言うと〜…あ〜…このプロジェクトは人工食物ではなく、半人工食物開発に転換することとなった」

「(は?)」

私と同じ反応(表情)の同僚が口をひらく。

「どういうことでしょうか?」

「社長にこう言われたんだ。『人工は早すぎるかもしれない。人工食物を出しても、世間は反対するかもしれないし、人道的にだめと言われるかもしれない。もしかしたら平気かもしれないけど、リスクがでかいから、最初は半人工で試してみよう。半人工でも反発はあると思うんだけど、我々として確固たる安全性も、いいイメージも保てる半人工くらいでいきたい。10年でいけるか。頼むよ』と言われたんだ」

「…なるほど。わかりました」

「(え? 今ので納得か?)」

腑に落ちないが、部長は話を続ける。

「あとちなみになんだけど、当初は消費者メイン、サブで企業向けに販路をつくるということだったが、今後は途上国の政府をメインのクライアントとして展開することにする」

「(は?)」

今度は、他の同僚が口を開いた。

「え? 販路…市場も変更ということでしょうか」

「そうだな。食物不足自体は国内ではなく、仕入先の途上国で起こるはずだろう。人工増加が起こる国でな。市場もあるだろうし、国内向けよりも反発が少なそうだしな。そこで試して、反応がよければ国内にも展開してもいい」

「…なるほど。わかりました」

「(んん!? すぐ納得するな…うーん)」

「ということだ。我々の研究が評価されて、一歩進んだのではないだろうか。詳しいことは走りながら決めていこう。では明日からも頑張っていこう! では解散」

たしかに人工食物にはデメリットもあった。それは生産のコストが高すぎることや、リスクが不明瞭なことなど。様々な問題は未だに山積みだから、自然由来の原料を使える半人工食物ならあるいは…。

と、納得しようとがんばったのだが、そもそもこんな話は研究に着手する前に考えられるのではないか? 私が入社する前からプロジェクトはあったが、その頃に世間の反発予測や、市場の選定はできるはずだ。しかも、社長も部長も「らしい」だの「かもしれない」だの、事実の裏どりもクソもあったもんじゃない。

結局、人工食物から半人工食物へのシフトで研究の成果は無駄になるし、市場の選定が正しいか、半人工が受け入れられるかの判定は「走りながらやる」らしいからその辺がクリアできなくてポシャる可能性もある。

クソかよ…経営陣のおもちゃじゃねえんだよ…皆こういうとき諦めて従うのか? 会社員って大変だな〜。そう思った私は、帰り際に辞表を提出して、翌週からライバル会社の人工食物プロジェクトに加わることにした。

数年後、私はライバル会社で世間に対して新たな人工食物のお披露目をすることになり、Forbesの「世界を救う10の技術革新」で取り上げられ、世界的に受け入れられる最初の人工食物を作り出したとしてノーベル化学賞を受賞することになる。

1社目の会社は半人工食物ももちろん世に生み出すとはできず(噂によれば、半人工食物の開発途中で再び「世間の受け入れ余地」と「市場選定のし直し」を理由に”やっぱり”人工食物を開発しようとしたが研究者の大量流出で頓挫したらしい)、経営陣は責任を取って退陣するも、結局開発コストの回収ができずに数年後に倒産した。

* * *

100年後の世界。人工食物は研究者によって破壊されていた繁殖能力が、突然変異により機能してしまう。急激な速度で生態系を破壊され、自然の機能を失った地球は人工食物のみが生きる世界となってしまった。

…というバッドエンドはただの空想の1つ。死後の未来までは私にはわからない。とはいえ、私の決断はそんな絶望的な未来を生み出すのかもしれない。あるいは世間から大量の批判を浴びて、結局頓挫していたかもしれない。

だが、楽観的な未来を描けば、ただ単に食料不足を救う可能性ももちろんある。

いずれにしろ、どんな未来を迎えようと、ひとりの人間としては会社に振り回されて(人間として)死ぬより、意志を貫いて生きていきたいものだ。

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