新海誠監督「天気の子」は、あれでいいのかもしれない。企業スポンサー映画としての「天気の子」

映画

「天気の子」、1日目はひどい気分で帰った。

その思いは「新海誠監督の最新作「天気の子」を見た感想・ネタバレあり・批判ありレビュー」に書いた通りだ。

改めて考えると、やはり広告・宣伝が嫌な思いだ。不快指数を突破している。物語ではなく企業メッセージを強く感じ入ってしまった。

広告ビジネスとしてはいいかもしれないが、物語を消化している私にとってはすごくいや。そこで妻に言われたのが「そういうものなら、例えば入場料が2000円じゃなくて1000円になるとか、安くなればいいのかもね」という話。

これは間違いない。妻がいうのはこういうことだ。

企業広告がふんだんに盛り込まれているので、この作品は2000円ではなく1500円です。1000円です。ただし、監督は新海誠監督です。というように、消費者に還元してくれていればいいと。

それは超納得。期待値と違うからおかしくなるのだ。

これで思い出した話が二つある。

無料で家に住める時代 – 星新一「住宅問題」に見る「企業広告」

一つ目は、以前読んだ星新一のショートショート「住宅問題」だ。

この話は「妄想銀行」に収録されているが、あらすじはこうだ。主人公は「企業の広告付き物件」に住んでいる。その物件は無料で提供される代わりに、生活の至るところにスポンサー企業の広告が張り巡らされている。

例えば家に帰ると広告でお出迎え、窓から景色を眺めていてもいずれ広告が流れ、テレビもそう。風呂に入っても…というように、生活の何処をトリガーにして広告が展開される。溜まったもんではないが、この住民は「広告があるから0円だ。仕方ない…」と、生活を送ることができている。

企業の広告が張り巡らされていても、0円ならその生活にも耐えられる。消極的選択には違いないが、その家に住めるのは逆に広告のおかげでもあるのだから許せはするのだろう。

あるいは、この映画は企業広告が多い。だけど新海誠監督の作品を1000円で見れるなら、企業広告も悪くない。と思わせてくれていれば納得ができるのというものだ。

「魔女の宅急便」のヤマト運輸タイアップはなぜ不快さがないのか

二つ目に思い出したのは「魔女の宅急便」だ。実はこの作品も企業スポンサーをつけて放映をしている。

少し話を脱線させるが、前置きとして重要だと考えていることを話そう。

私はジブリの生粋のファン。こういうところで評論を仕事にするのは無理だなと思うのだが、ジブリの宮崎駿監督、高畑勲監督作品は批評するのが難しい。それは二人の背景を知っているから。歴史を知っていれば、魅力を発見することこそできても、批判はしづらくなる。感情的にも、知識的にも。

一方で新海誠監督のことは秒速5センチメートル言の葉の庭、「君の名は。」を見たことがあるというだけで、著書はもちろん、インタビューや記事もあまり読んだことがない。

監督の背景、思いも知らないだけに批評はしやすいし、むしろ歴史を知らない分魅力を発見しにくいことでもある。

ただ、そんな中でも平等に言えることは「魔女の宅急便」は見ているときにはスポンサーの存在に気づかないが、「天気の子」は見ているだけでだいたいスポンサーの存在を当てることができる

実は両作品、という両監督には共通する特徴がある。それは監督と一緒に、権力の強いプロデューサーが映画を作っている、ということ。ジブリで言えば、トトロ以降の作品は全て鈴木敏夫プロデューサーが共同で作品を手がけている。新海誠監督は「君の名は。」をもはやヒットさせた張本人と言えるほど、TOHOで権力の強いプロデューサーである川村元気プロデューサーがついている。

両者とも作品に干渉しようとすることで有名だ。時にそれは作家性に影響を及ぼす可能性のあるリスクを伴うが、映画を興行的にヒットさせるのが役目なので、必ずしも悪人とは言い切れない。

が、しかし鈴木敏夫さんは魔女の宅急便で企業スポンサーをつけるとき「作品の中で紹介はしない」「CMでも共演はしない。あくまでも’ジブリを応援している’」という程度に抑えてほしい、という旨を強調してスポンサー契約をしている(スポンサーはヤマト)。

実は、企業タイアップの走りはジブリなのだが、それもこの鈴木敏夫さんの成果だと言える。実はラピュタの際にも味の素とタイアップジュースを発売しているのだが、それは中途半端なものに終わり、その後は企業のイメージ広告のみとするようになったという。(そこには、高畑勲さんの「そこまでやってもいいんですか」という言葉が錨となったようだが、それは鈴木敏夫さんがあくまでも作家と共にあるプロデューサーだったからであろう)

魔女の宅急便以前以後でも「おもひでぽろぽろ」のカゴメ、ブラザー工業タイアップ(両方とも鈴木敏夫さんの故郷愛知県の企業ですね)、「紅の豚」のJALタイアップ、「平成狸合戦ぽんぽこ」のJAタイアップ、「耳をすませば」もJAタイアップをしています。

タイアップについては鈴木敏夫さんの著書「ジブリの仲間たち」で詳しく書かれています。この時は「テレビのように映画にもスポンサーがつく時代がつくかもしれない」という話をしていますが、鈴木敏夫さんとしてはジブリ作品にスポンサーをつけるという決断には至らなかったようです。

要するに「天気の子 by 日清」として放送してくれってこと

この映画を見ていて、不快な思いをしたのは私が普段から一般企業の広告だとか、作品づくりへの企業広告の関与の仕方、などについて敏感に感じているからだろうか。

例えば普段聞いているオードリーのANNでも、冷凍食品のニチレイはすごくいいコミュニケーションを取ってくれている。オードリーもニチレイに迎合はせず、しかしスポンサーとして良好な関係を保っている。

はっきりと「スポンサーです」と明言をしてくれた上で、私たちはスポンサーの商品を紹介していますよ、ただ、そのおかげで放送もできていますよ(もちろん無料で視聴できますよ)というスタンスがはっきりしていて楽しく放送を聞けるし、冷凍食品を買おうと思ったときにニチレイの商品に気持ちよく手が伸びる。

しかし、今回の天気の子は物語の筋書き以前に宣伝の割に「スポンサーですよ」感が薄かったし、何より入場に2000円も払っている。新海誠監督作品に2000円を払う価値はあると思うが、日清の広告に2000円を払う価値はない。

ただ、それが「天気の子 by 日清」として300円割引でもされていたら、なんとなく見る気にもなる。あるいは最後の最後に「Presented by 日清」とか書いてがっかりさせてくれればいい。

そんな覚悟もないのに中途半端に作品を曲げてまでプロモーション要素を入れるなんて、、新海誠監督の歴史の中で唯一知っている「企業のPVアニメを作っていたキャリア」が邪魔をしたとしか思えなくなる。

* * *

結局やや批判的になってしまったが、やはり私はもっと純粋に新海誠監督の「物語」を見たかった。

企業の宣伝のない、純粋な物語。君の名は。のときの監督の葛藤はすでに感じられない。宣伝の量が多かったせいで物語や演出の総量が少なかったとさえ感じる。君の名は。の時はあれほど複雑で、一回では理解できないと思わせられたのに…。

あるいは、企業広告をつけて、物語はやや薄くすることが、本当にプロデューサーの意図ではなく、新海誠監督の狙いであり、意図なのであれば、それはずれていると思う。ずれすぎている。

世の中に未熟で、企業の広告・宣伝をまだ消費していない若い人たちにはむしろ心地いいのかもしれないが、私にとっては不快だった。

次の作品は映画館では確実に見ない。2000円を払うことは確実にない。TSUTAYAでDVDを借りるか、配信サービスで無料になるのを待つか。どちらかしかないが、企業広告のない純粋な物語を出してくれたときには、その次の作品は安心して映画館に足を運べるだろう。(今回の二の舞になるリスクはあるが)

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